パスコアルもモレイラもそうであるが、ジャズあがりの人間が奏でているジャズとは言い難い変な音が好きなので、そんな音を出すには、ジャズをそこそこ修得せねばならないと私は思っている。
という訳で、JAZZの練習に挑み続けもうじき二年になる。
未だに性懲りも無く繰り返しているんだが、you'd be so nice to come home toと、ブルースのベースラインしか綿密な創造が出来ない。
他は何と無く音は出せているものの、創造力に欠け、ただコードトーンを並べたり、リックみたいなつまらないフレーズの羅列、上の空みたいな音、既にありふれている音、別に俺が弾かなくともよろしい様なサウンドになってしまう。
大好きな曲以外、グレイトに再構築するという作業は、私には不可能かもしれん。
ただアルファベットと数字を見て、世界を構築していくという作業がしっくりこない。
何つーか、音と一体になりにくい。
音みたいな俺になり難い。
勉強する上でコードネームやスケールだったりは便利な共通言語、認識であるとは間違いなく思うが、正直そういうのはどうでもいい。
いい曲であれば、コード進行なんて知らなくて良いからだ。
下手したらぼちぼちゲームセットかもしれない。
悔しいんでもうちょいやってみますけれども。
そんな時に、まことくんがブログにあげていた、リッチーコッツェン、マイクポートノイ、ビリーシーンのトリオの音を聴き、自然そのものみたいな印象を受けたのは事実です。