ショーターが来日し、凄まじいライブをやったらしい。
90分フリー。
年齢も80前後なのに衰えを全く感じさせず、もはや次元の異なる世界へ突入した感がある、なんてサイトウ君が言うのだ。
とりあえずニューアルバム聴いてみようかな。
2013年3月27日水曜日
2013年3月24日日曜日
2013年3月22日金曜日
最近、活動再開したチャゲアスを聴いています
中学の頃、ハマった歌手です
Cdを買うにあたり、店頭予約というものを過去に一度だけした事があるが、それはチャゲアスのスーパーベストボックスなのである
Youtubeなんて便利なものが今はあるから、ライブ映像を気軽に見る事が出来る
飛鳥の変態っぷりにはホントに驚かされる
フォークと演歌が混ざったAORサウンドと凄まじい歌唱力だけで僕はお腹いっぱいなのに、何故かスポーティーなライブパフォーマンスもやっちまうからカオス具合が増します
メロメロです
歌詞も中学の頃より、大人になった今の方がグッとくる
クサイけど美しいし泥臭い
俺には伝わっているぜ飛鳥
チャゲはどちらかというと、凄くまともな方だと思うなー
僕は飛鳥みたいになれないです
ライブ行ってみたいな
中学の頃、ハマった歌手です
Cdを買うにあたり、店頭予約というものを過去に一度だけした事があるが、それはチャゲアスのスーパーベストボックスなのである
Youtubeなんて便利なものが今はあるから、ライブ映像を気軽に見る事が出来る
飛鳥の変態っぷりにはホントに驚かされる
フォークと演歌が混ざったAORサウンドと凄まじい歌唱力だけで僕はお腹いっぱいなのに、何故かスポーティーなライブパフォーマンスもやっちまうからカオス具合が増します
メロメロです
歌詞も中学の頃より、大人になった今の方がグッとくる
クサイけど美しいし泥臭い
俺には伝わっているぜ飛鳥
チャゲはどちらかというと、凄くまともな方だと思うなー
僕は飛鳥みたいになれないです
ライブ行ってみたいな
2013年3月20日水曜日
2013年3月18日月曜日
2013年3月11日月曜日
ここ何年か、ベースやギターしか弾いていない私に、再びスティックを握れ、何とかなるっしょ、自由にやってくれ、と仰るミオウは狂っています。
そんなサカキバラミオウと音を出そうと思った理由は二点。
奴の素直なアウラのファンである、が一点。
もう一点が肝。
奴の顔が相当面白い。
後者だけの理由で一緒に音を出す価値があると言い切れてしまう、かもしれないから恐ろしい。
そのくらい凄まじい顔付と髭の濃さなのである。
という訳で、ドラムの感覚を取り戻すべく、心の納戸から諸々を引っ張り出し、お掃除をせねばいけなくなりました。
ゆらゆら帝国とパンテラを聴いています。
今更だがロックするぜオラ。
ロックはダセーよ馬鹿野郎!
以上です。
そんなサカキバラミオウと音を出そうと思った理由は二点。
奴の素直なアウラのファンである、が一点。
もう一点が肝。
奴の顔が相当面白い。
後者だけの理由で一緒に音を出す価値があると言い切れてしまう、かもしれないから恐ろしい。
そのくらい凄まじい顔付と髭の濃さなのである。
という訳で、ドラムの感覚を取り戻すべく、心の納戸から諸々を引っ張り出し、お掃除をせねばいけなくなりました。
ゆらゆら帝国とパンテラを聴いています。
今更だがロックするぜオラ。
ロックはダセーよ馬鹿野郎!
以上です。
2013年3月1日金曜日
私は、昨日再確認した訳だが、音楽をやりたいことは間違いない。
そして、私は音楽が好きだ。
だからといって、リスナー目線でいう音楽が好き、とは全く違う位置づけだ。
僕が音楽を聴く理由は、演奏の自分の幅を広くしたい、くらいに過ぎない。
音楽を聴いて癒されたり感動したりした事は、演奏で得られた感動に比べたら弱いというか、非常に少ない。
只々、演奏する事に面白味を感じるし、演奏中に感動して鳥肌が立つ。
しかし、感極まる箇所も麻痺するから、何かを聴いたり、考えたりして、引き出しを増やしているだけだ。
演奏での感動を味わい続けたいから、演奏し続け、聴き続け、考え続けているだけである。
そして、その演奏が不可抗力にて、他人が好んだり、表現(アート)と映ったり映らなかったりしているだけにすぎない、と強く信じたい。
前衛的なものをやりたいという意識で、前衛的なものが産まれるとは到底思えないし、心の何かが歪んでいる印象で、汚く思う。
自分が他人にどう映っているか、それは私にとってどうでもいい。
やろうとしてやるんじゃない。
やりたいからやるだけで、結果は大して重要では無い。
俺にとって音楽は、聴く娯楽ではなく、演奏する娯楽である。
演奏により味わえる娯楽を高める為に聴くだけだ。
そして、聴く娯楽として音楽を楽しんでいる人の前で弾くだけだ。
そして、私は音楽が好きだ。
だからといって、リスナー目線でいう音楽が好き、とは全く違う位置づけだ。
僕が音楽を聴く理由は、演奏の自分の幅を広くしたい、くらいに過ぎない。
音楽を聴いて癒されたり感動したりした事は、演奏で得られた感動に比べたら弱いというか、非常に少ない。
只々、演奏する事に面白味を感じるし、演奏中に感動して鳥肌が立つ。
しかし、感極まる箇所も麻痺するから、何かを聴いたり、考えたりして、引き出しを増やしているだけだ。
演奏での感動を味わい続けたいから、演奏し続け、聴き続け、考え続けているだけである。
そして、その演奏が不可抗力にて、他人が好んだり、表現(アート)と映ったり映らなかったりしているだけにすぎない、と強く信じたい。
前衛的なものをやりたいという意識で、前衛的なものが産まれるとは到底思えないし、心の何かが歪んでいる印象で、汚く思う。
自分が他人にどう映っているか、それは私にとってどうでもいい。
やろうとしてやるんじゃない。
やりたいからやるだけで、結果は大して重要では無い。
俺にとって音楽は、聴く娯楽ではなく、演奏する娯楽である。
演奏により味わえる娯楽を高める為に聴くだけだ。
そして、聴く娯楽として音楽を楽しんでいる人の前で弾くだけだ。
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