2013年3月29日金曜日

ショーターが来日し、凄まじいライブをやったらしい。
90分フリー。
年齢も80前後なのに衰えを全く感じさせず、もはや次元の異なる世界へ突入した感がある、なんてサイトウ君が言うのだ。
とりあえずニューアルバム聴いてみようかな。

2013年3月28日木曜日

今日は、午後に梅を見に行こうと思っていた
出不精の俺が出掛けたくなる陽気の日に限って客がやってくるのだ
俺もお前も一緒だな

2013年3月27日水曜日

身体が勝手に動かないってのは、きっとそういう事で、現在の答えだ。
そんな自分の状態に苛立ち、騒いだり足掻いたりしたくもなるが、神のお告げを待ち続けるしかない。
とりあえず、綺麗事だけは勘弁。
自分にとって都合の良い解釈だったり、諦めてしまう事はしたくない。
ただの偽善野郎に成り下がってはいかぬ。
もっともっと先に優愛みたいなもんや拘らねばならぬ箇所があるんじゃ。
しかし長すぎんぞ。
しょーがないけど。
充電期間に、色んな言葉に邪魔をされてる気分になる。
言葉の力で、無理矢理前向きになる必要は、無い!
言葉が嫌いになりつつある。
礪波が手に入れた機材の実験

2013年3月24日日曜日

昨日、ミオウと二人でライブをやった。
奴の激情型パフォーマンスには、こちらも全力で応えねばならん。
奴は感情を露わにしていても、アンプやミキサー等小賢しい機材によりヴォリュームをコントロール出来やがるから卑怯な訳。
ドラムはそういう訳にはいかん。
奴のヴォリュームではなく、奴が創り出そうとしている世界観への熱量、奴の髭の濃さに応えるという事は、音は必然的にでかくなる。
一撃必殺の精神で演奏せねば、奴と音を出す意味は無い。
キメや技術云々は二の次三の次、勿論お洒落感は皆無であり、細工無しで只管突き進むというシンプルなバンドです。

2013年3月22日金曜日

最近、活動再開したチャゲアスを聴いています
中学の頃、ハマった歌手です
Cdを買うにあたり、店頭予約というものを過去に一度だけした事があるが、それはチャゲアスのスーパーベストボックスなのである
Youtubeなんて便利なものが今はあるから、ライブ映像を気軽に見る事が出来る
飛鳥の変態っぷりにはホントに驚かされる
フォークと演歌が混ざったAORサウンドと凄まじい歌唱力だけで僕はお腹いっぱいなのに、何故かスポーティーなライブパフォーマンスもやっちまうからカオス具合が増します
メロメロです
歌詞も中学の頃より、大人になった今の方がグッとくる
クサイけど美しいし泥臭い
俺には伝わっているぜ飛鳥
チャゲはどちらかというと、凄くまともな方だと思うなー
僕は飛鳥みたいになれないです
ライブ行ってみたいな

2013年3月20日水曜日

リテラシー格差か
昨日は休みだったので、ベースの弦高調整をする為に渋谷へ
副都心線に乗り、新たな渋谷駅で下車したが、新宿駅みたいに複雑怪奇
しかも下車する場所は地下五階であり、地上へ出るのに結構な時間がかかる
案内掲示板だけを頼りに、無機質な駅構内を歩くのは怖い
下車した途端巨大地震に襲われたら、先ず地上には出れんだろう
闇の地下を彷徨って死ぬ事になるね

弦高調整はあっさり終わり、細雪と富士屋本店へ呑みにいったが、やっぱり今風の店より化石みたいな店が肌に合うのは、俺が化石みたいな人間だからでしょう
しかし、富士屋で謙太郎が注文したウドの天婦羅はガチで最高だった

2013年3月18日月曜日

カシマが今日から世田谷区民になります
昨晩語りまくった訳ですが、奴の悩みは俺には分かる
簡単に説明すると、何にでも価値をつける事の出来てしまうポジションを手にいれてしまった天才詐欺師ミウラジュンになるのか、はたまた己に実直な生き方を選ぶのか
本来は、何一つ駆け引きをせずに生活したいそうだが、ミウラジュン一派が蔓延るご時世、なかなかにその生き方は困難ですから、とりあえず修行を兼ねた引越らしいです
気が滅入ったらいつでも遊びにいらっしゃい

2013年3月11日月曜日

ここ何年か、ベースやギターしか弾いていない私に、再びスティックを握れ、何とかなるっしょ、自由にやってくれ、と仰るミオウは狂っています。
そんなサカキバラミオウと音を出そうと思った理由は二点。
奴の素直なアウラのファンである、が一点。
もう一点が肝。
奴の顔が相当面白い。
後者だけの理由で一緒に音を出す価値があると言い切れてしまう、かもしれないから恐ろしい。
そのくらい凄まじい顔付と髭の濃さなのである。
という訳で、ドラムの感覚を取り戻すべく、心の納戸から諸々を引っ張り出し、お掃除をせねばいけなくなりました。
ゆらゆら帝国とパンテラを聴いています。
今更だがロックするぜオラ。
ロックはダセーよ馬鹿野郎!
以上です。

宣伝

五月のLive会場が決まりました

5/4山形noisy duck
5/5仙台Jazz me blues nola

興味あれば是非

梯子
Vo,gu. Mio sakakibara
Ba. Rei saito
Dr. Teppei seino

2013年3月6日水曜日

左眼球が痛い

2013年3月1日金曜日

私は、昨日再確認した訳だが、音楽をやりたいことは間違いない。
そして、私は音楽が好きだ。
だからといって、リスナー目線でいう音楽が好き、とは全く違う位置づけだ。
僕が音楽を聴く理由は、演奏の自分の幅を広くしたい、くらいに過ぎない。
音楽を聴いて癒されたり感動したりした事は、演奏で得られた感動に比べたら弱いというか、非常に少ない。
只々、演奏する事に面白味を感じるし、演奏中に感動して鳥肌が立つ。
しかし、感極まる箇所も麻痺するから、何かを聴いたり、考えたりして、引き出しを増やしているだけだ。
演奏での感動を味わい続けたいから、演奏し続け、聴き続け、考え続けているだけである。

そして、その演奏が不可抗力にて、他人が好んだり、表現(アート)と映ったり映らなかったりしているだけにすぎない、と強く信じたい。

前衛的なものをやりたいという意識で、前衛的なものが産まれるとは到底思えないし、心の何かが歪んでいる印象で、汚く思う。

自分が他人にどう映っているか、それは私にとってどうでもいい。
やろうとしてやるんじゃない。
やりたいからやるだけで、結果は大して重要では無い。

俺にとって音楽は、聴く娯楽ではなく、演奏する娯楽である。
演奏により味わえる娯楽を高める為に聴くだけだ。
そして、聴く娯楽として音楽を楽しんでいる人の前で弾くだけだ。