昨日は何年振りでしょうか、横須賀へ、そしてライブハウスへお邪魔した。
ライブハウスの爆音を久しく聴いてなかったので吃驚、鼓膜破れるかと思った。
ライブハウス特有でありますバスドラの強烈なアタック音が、今の俺には直球すぎて耳障りで、違和感があった。
かなり弱く踏んでるのに、核弾頭ぶっ放した様な音が出るなんて、自分の意思とは無関係というか、どう考えてもおかしい。
燃えろプロ野球というファミコンのゲームで、クロマティがバントでもホームランになってしまう不条理な現象を思い出した。
落合博満でもそうだった。
という事で、PAに、バスドラの音色を生に限りなく近くしてくれと注文。
そんな感じで梯子ぶっ放してきましたよ。
ライブハウスは過剰に音を演出する場所で、リアリティに欠ける(あくまで俺個人的に)といった印象に僕の中で変わってしまった。
逆を言えば演者も客も、現実逃避が比較的し易い場所なのかもしれんと。
音も、聴くというより浴びる場所、そもそもそういった連中による文化なんだろう。
これは色々経験してきたから言える事だ。
元々俺はロックやパンクを愛している訳でも無いし、爆音好きという訳でもないし(爆音が良い場合もある)、爆音でなければトリップ出来ない!といった人間でもないのに、一番最初にライブをやった場所がライブハウスであった為に、ああ、演奏ってのはライブハウスでやるもんなのか、それにしても汚いしダサい場所だなとずっと思い続けながら活動していた。
もっと言えば、ライブハウスに限った事じゃなく、ライブ=音量がデカイもの、そんな事をもライブハウスを通じて思っていた。
ジャンル違えど、ライブハウスでのタイバンは全部音デカイからそう思うわ。
店を始めた事により小音の世界へと半ば強制的に移行せざるを得なかった訳だが、ライブハウス時代に比べると俺好みの音を出す連中が大勢いるではないか。
小音野郎は、世界観を創り上げている意識が高いというか、音量に頼らず世界観を構築する事でしか戦う術がない。
そんな当たり前が俺には美しく映る、が、冷静になると普通っちゃ普通、これは長期に渡り爆音に打ちのめされた幻覚症状だ。
俺みたいな世間知らず、常識知らずは尋常じゃない程の遠回りをしてしまうが、文字じゃなく実体験での知識なんで後悔は何も無いし、何処でやってもある程度対応が出来る自信がついた。
てか、演者は音源や動画より色んな場所でライブ見た方が良いし、ライブした方が良い。
特に生楽器。
力の入れ具合、生でどう聴こえているのか、音源で知る事は先ず出来ない。
インタビューなんかで、ある程度知る事は可能かもしれないが、たかがしれている。
打楽器有りの表現してる方、打楽器で曲のニュアンスは激変する。
俺は今はベースだから、打楽器奏者選びは慎重にいこうと思ってます。
本日もミオウ君と暦茶屋でライブです。
暇人は来てね。