2014年3月26日水曜日

糞ツイッター

偏見かもしれないが、ツイッターを見てると、死にたくなる時がある。
間接的な文体ではあるが、要するに自分はいい人で支持もされている、要するに博学、要するに間違ってない、要するに人生楽しんでます、要するに友達大勢いるぜ、そんなんをにおわせ、他人にそのような人物と思われたいが為のツイートやリツイート、それらには落胆しかしないし飽き飽きしている。
思われたい、を前面に出し過ぎている。
直接的な事は書かず、関節的に出してにおわせるってのが卑怯。
自分ではなく、あくまで他者が言ってくれているんだよ!という事はどういう事なのか分かってるかな?みたいな。
これは日本人にはピッタリな心理をついた作戦で、ビジネスには直結すると思えますけど。。

におわせるものより、ダイレクトに、僕はいい人だと言われたい、何故ならばいい人と思われると嬉しいから、とか、博学だと思われたい、何故ならばそう思われる事が快感だから、それくらいぶっちゃけている方がもはや微笑ましいというか、好感がもてる。
好感は言い過ぎたが、その方が善人ぶってる中途半端な詐欺師より潔くてマシ。

控えめに主張し、裏にある何かが見え隠れしていたり、感じ取ってくれ感とでもいおうか、それでいて善人ぶっている、もう、いいんじゃないでしょうか。
被災地に何かを届けようなんてのも、ボランティアしてるんだぜ俺私!いい人でしょ僕私!の方が強く感じるケースが多い。

自分を褒めてくれているツイートが存在していたが、どうしてもそれをリツイートしたくないんだ何故か、と呟いていた奴がいたが、これは本当にわかるというか。

特別主張せずとも、分かりにくいかもしれないけど、信念持っている人間はいる。

いよいよ隠居が近付いてきたなー私、ほんとしんどい。