2014年2月26日水曜日

火曜日

昨日は鎌倉氏、小杉氏とセッション。
あまりにも異なるギタリスト二人を、いや、ギターを持ってる哲学者とミュージシャンですね、彼らを私のベース、もしくはドラムでくっ付けられる様なプレイが、今回の私の役割な気がした。
三つの個性を一つの塊に変換して客にぶっ放す訳ですが、正直ライブに間に合うか、そして俺個人的に塊に対して満足感を得られるか怪しい。
暫く様子をみようと思う。
僕も個性を出すべきとも思ったが、特別やりたい事が無かったりするので、今回は接着剤の役割で。
この面子の中でファンキーなフレーズは厳禁だな俺は、小杉君寄りになるのもフェアーじゃねぇ。
そもそも、この二人をミックスすべきか?みたいな事も考えてしまったが、とりあえずはチャレンジです!

その後は新井と呑みに、先日のライブの打ち上げ的な。
色々喋ったけど、俺の手癖が凄く活きるサウンドがあると思った、と同時に、口には出さなかったが活きないサウンドもあるなと。
だから、俺の手癖が役に立つ音で、且つ俺が楽しめればお手伝いはしていこうと思う。

今俺が発信したいもの、制作したいものは、ついつい出てしまう俺の手癖、これを極力殺すというか、抑える事が必須な気がしている。
抑えないとミュージシャン目線でしかない音だったり、感情に流された音になってしまいがちです。
等身大の自分を只只表現する事を表現とするのか、考えに考えて出す事が表現なのか、難しい部分はございます。
空間全体や音像を創造する事が必要で、演出という表現になるのかな。
ざっくり言うと、ベーシスト、ギタリスト、ドラマーだの、そういった目線での従来の技術やセンスや役割、一般的なミュージシャンの醍醐味はどうでもよくなってきていて、やりたい事を楽器というものを介してやるだけ、って事。
勿論ミュージシャンとして培ってきた事は利用、応用する。
どんなに手癖を抑えたって、俺が考えて俺がやれば俺っぽくなると思っているから頑張る。
結局は音を出すんだが、音楽として楽しむべきか、ぶっ飛ぶ起爆剤として楽しむのか、うームズカシイがその狭間が理想的。
このモヤモヤとした手探りな状態から一刻も早く脱したいです。