2015年7月27日月曜日

メモ

 我が国は、明治23年(1890年)に近代憲法を施行して以来、125年の長きに渡り一度も自らの手で憲法を変えた事がないという、とても特殊な国です。

 アメリカが現在の形に憲法を変えてからでも約70年、その間一度も国民レベルで改正の論議すら行われて来ませんでした。

 本来、現行憲法は我が国の主権が大幅に制限された状態下で、アメリカから来た法律の素人が日本を服従させるために考えたものなのですから、昭和27年4月28日の日本(沖縄など一部島嶼地域を除く)が主権を回復した日に、改正若しくは追認(独立しても、この憲法を使い続けるという意思確認)など、日本国民自らが何らかの意思表示をすべきでした。

 しかし、占領軍に検閲を強いられ、それが習い性になったマスコミ、公職追放によって棚ぼた式に要職に就いた官僚や学者など、日本の敗戦により得た自己の利権を守りたい人たちの手により、長らく日本国憲法は不磨の大典として扱われ、本来、国民が持っているはずの「改憲」の権利は奪われ続けてきました。

 何しろ10年くらい前までは「改憲」と一言発するだけで、条件反射のように「軍国主義者」呼ばわりされるくらい憲法は神聖視されていましたから、改正は疎か批判すること自体が禁止されていたようなものでした。